心と体

心の火事を消せ!

会社でちょっと腹の立つことがあった。
原因は全て相手にあるわけではないと思うけど、
私がムカついたという事実はあるわけで。

こうなるともう仕事が手に付かない。
心に付いた小さな火種は、あれやこれやと考えるうちに
どんどん燃え上がり、あっという間に火事になる。
大惨事だ。

そんな時はいっそ出かけるに限る。
会社を出て、私は近くのコーヒーショップへ向かう。
心の火災にはスイーツが一番だ。
てくてく歩く。ドトールは人がいっぱいだったし、
大好きなモンブランがなかったので、その近くにあった
ベローチェに入る。この場所にしてはずいぶん寂れた
静かな店舗だ。モンブランも見つけた。

突発的に起きた怒りを収める一番の方法は、
その感情が発生した場所から離れることだ。
考えてもどうしようもない感情はすぐに手放す方がいい。
イライラしている時間がもったいないよ、と
もう一人の自分が言う。そんなことケーキでも食べて
忘れちゃいなよ、と。怒っている私は甘やかしてしまえ。

いま、私の視線の先には、怒りの原因になった奴がいる。
でも、もう大丈夫。
さ、仕事の続きをしよう。今日はちょっと遅くなりそうだ。
モンブランの分も消費しなくっちゃ。

こうして三十路女は自分を励まし、今日もせっせと働くのだ。

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もう、頑張りません

先日買った雑誌に禅僧のちょっとした話があり、
それが気になって彼の書籍を買いました。
昨年あたりから私の中であるブームが起きていて、
その手のことが結構気になります。
ま、大雑把に括れば「スピリチュアル系」とでもいいましょうか。

禅というのは、非常にストイックなように見えて、
実のところ結構ユル〜イ考え方が根底にありそうです。
ヨガも同じ。あれは脱力の思想です。
無理しない、無茶しない、無駄なことしない。
今の自分を受け入れる、とか、自分らしく、なんて
表現すると、途端に分からなくなるんですが、
ま、あんまり頑張らなさんな、ってことでしょうか。
解釈ちがってたら、どうしよ。

「頑張る」ことが美徳のように、体に染み付いてしまったのは、
中高で経験した部活動の影響が大きい。
ツライこと、苦しいことを乗り越えれば、必ず報われる、
結果が付いて来る。そう言われ続けて、無理して、無茶して、
無駄だったとは決して思わないけど、心はずいぶんと
不自由だったなぁ。自分で自分にプレッシャー掛けまくって
出来ない自分を責めるクセがしっかり付きました。

それは仕事にも表れて、若い頃はずいぶんと頑張りました。
そのお陰で得られたものはすごく大きかったし、
今の自分はそれなしでは作られなかったけど、
頑張りが利くのにも限界があるみたいで・・・。
ここ数年の私は、それまでの自分に比べたら、
ずいぶんとサボっているように思います。
頑張れないというか、頑張りたくない、というか。
一つのことだけに全力投球するより、
もっと広く浅く経験したい、というか。
で、頑張りを失った自分を、かつて頑張っていた自分が
責めているような気がして、苦しいこともあった。
そこでヨガに出会い、これまでとは違う価値観に触れて
少し自分が楽になれたような気がします。

ここ数日読んでいる禅の本でも、似たようなことが書かれている。
「楽しむためにする」のではなく、「することを楽しむ」。
結果に期待しながら何かをするのではなく、
どんなことでも、今の状況を楽しむのだ、と。
言葉にすれば簡単ですが、実際はなかなか。
でも、「今、さぼっていたら何の楽しみも得られない」と
思っちゃうから焦ったり苦しいのであって、
このさぼっている状況も一つの楽しみであると思えばいい。
あれ、違うかな。でも、そんな感じ。

先のことも、昔のことも関係ない。
今しかないし、今だけを考えて生きればいい。
何かにとらわれずに、ぼんやりと眺めるのも大事。
今の私に禅の思想は、とても心地良いんだなぁ。

(全くの無宗教ではありますが)

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